写真:JordyMeow/CC BY-SA 3.0(Wikimedia Commons)厳島神社
平清盛が寝殿造を取り入れて修造した社殿が見どころの神社です。推古天皇の即位の年(593年)の鎮座と伝わります。東廻廊から入って、御本社、平舞台、西廻廊と順にめぐります。宮島口桟橋からフェリーで10分ほどです。
写真:JordyMeow/CC BY-SA 3.0(Wikimedia Commons)平清盛が寝殿造を取り入れて修造した社殿が見どころの神社です。推古天皇の即位の年(593年)の鎮座と伝わります。東廻廊から入って、御本社、平舞台、西廻廊と順にめぐります。宮島口桟橋からフェリーで10分ほどです。
写真:carpkazu/CC BY-SA 3.0(Wikimedia Commons)「一宮さん」と親しまれてきた備後の一宮です。大同元年(806)に備中の吉備津神社からご分霊を迎えて始まり、今の本殿は初代福山藩主の水野勝成公が慶安元年(1648)に造り替えたもので、国の重要文化財です。福塩線の新市駅からタクシーで5分ほどです。
写真:Saigen Jiro/CC0(Wikimedia Commons)鞆の浦にある、「鞆の祇園さん」の名で親しまれる神社です。神功皇后が海路の安全を祈ったのが始まりと伝わり、「鞆」という地名の由来にもなりました。豊臣秀吉ゆかりの能舞台やお手火神事など、見どころの多い神社です。
写真:Taisyo/CC BY 3.0(Wikimedia Commons)「車を買ったら速谷さん」と言われる、全国有数の交通安全祈願の神社です。山陽道を行き交う旅人が旅の安全を祈ってきた、安芸国の総鎮守でもあります。境内には七四種もの樹木が茂ります。廿日市さくらバスの速谷神社バス停から徒歩1分です。
写真:Taisyo/CC BY 3.0(Wikimedia Commons)広島市南区、比治山のふもとにある縁結びの神社です。もとは黄幡大明神と呼ばれ、正保3年(1646年)に今の場所へ移ったと伝わります。昭和20年の原爆で社殿を焼失しましたが、のちに再建され、今も地域の人に大切にされています。
写真:Madhav Sharma/CC BY-SA 4.0(Wikimedia Commons)広島城跡に建つ護国神社です。明治元年に戊辰の役で亡くなった方々をお祀りしたのが始まりで、その後の戦争で亡くなった方々も合わせてお祀りしています。原爆で社殿を失いましたが、昭和31年に現在の地で復興しました。バスセンターから北へ徒歩10分です。
写真:663highland/CC BY 2.5(Wikimedia Commons)備後六市八郡の御英霊と、福山藩主阿部家ゆかりの阿部神社の御英霊を、合わせてお祀りする神社です。昭和32年に備後神社と阿部神社が合併して生まれ、境内地と社殿の大部分は阿部神社から提供されたものです。福山駅から歩いて約8分です。
写真:Carpkazu/CC BY-SA 3.0(Wikimedia Commons)福山の街なかにある、備後福山総鎮守の神社です。東西二つの御宮に同じ八幡大神をお祀りしていて、「両社八幡」と呼ばれています。天和3年(1683年)に4代藩主の勝種公が建立しました。JR福山駅北口から歩いて10分ほどで、安産祈願や七五三のお参りにも親しまれています。
写真:Taisyo/CC BY 3.0(Wikimedia Commons)「こいの宮」と呼ばれ、広島の己斐という地名の由来になった神社です。小高い山の上にあり、市内を一望できます。神功皇后が休んだとき、献上された鯉を喜んで「こひ、こひ」と言ったことが地名の由来と伝わります。登りきった清々しさとともにお参りするのがおすすめです。
写真:Hachigamine/CC BY-SA 4.0(Wikimedia Commons)広島駅から歩いて5分ほどの、街なかにある神社です。鎌倉時代の元久年間に社殿が建てられたと伝わり、背後の山が鶴の羽根を広げた姿に似ていることから鶴羽根の名がつきました。八幡三柱の神さまなどをお祀りしています。JR広島駅新幹線口から徒歩5分です。
写真:かるちる/CC0(Wikimedia Commons)広島市安佐南区の鎮守の森に囲まれた、「安の天神さん」の名でも親しまれる神社です。正安元年(1299年)に武田信宗が銀山に城を築いた際、鬼門除けとして勧請したと伝わります。アストラムラインの安東駅から歩いて行けます。
写真:User:+-/CC BY-SA 3.0(Wikimedia Commons)「母の寺」として親しまれている、瀬戸田の浄土真宗のお寺です。耕三寺耕三が亡き母への感謝をこめ、昭和10年から建てました。平等院鳳凰堂などを手本にした華やかな堂塔のうち15棟は、国登録有形文化財です。四季の花を眺めながらの散策もおすすめです。